観光ガイド会によるガイド
釜石観光ガイド会には30名が所属し、普段の観光ガイドをはじめ、多くが「大震災かまいしの伝承師」や「三陸ジオパーク認定ガイド」、「ネイチャーガイド」の資格を取得しガイドにあたっています。| 実施期間 | 通年。ただし12/28~1/3は除きます |
|---|---|
| 利用人数 | 1名から最大40名(バス1台)に対応しますが、ガイド場所に応じます |
| ガイド料金 | 2時間につき税込み3,000円。1時間を超える毎に1,000円を加算 |
| 利用時間 | 9時から17時を基本とします(秋季から冬季は、日没前に集合場所に到着できるよう終了時刻を調整します) |
| 出張ガイド | 市外に出掛けてのガイドにも対応可能。ただし、宿泊費も含めた出張旅費を伴います |
| ガイド内容 | ガイド場所、集合場所などとともにご相談下さい |
| その他 | イベント保険などには加入しません。そのためお客様は、ご自身で判断のうえ傷害保険などにご加入いただきます。 |
①鉄づくりの歴史を辿る
江戸時代の末期、日本人がまだチョンマゲを結い刀をぶら下げていた時代に、砂鉄による製鉄から高炉による鉄づくりへと一大転換を成し遂げた釜石。なぜ鉄鉱石による鉄が必要だったのか、どうして釜石の山奥でなければいけなかったのか、その時代背景とともに世界遺産の意義についてベテランガイドが丁寧にご案内します。
世界遺産の橋野鉄鉱山と旧釜石鉱山事務所(登録有形文化財)は交通の便益が悪いので、現地若しくはお客様が手配したバスやお車に同乗してのガイドとなります。また、経済産業省から認定された、その他の近代化産業遺産群を巡ることも可能。
②震災・防災ガイド
東日本大震災で多くの方が亡くなった一方で学校の管理下にあった子どもたちが全員生き延びた、「悲劇」と「奇跡」が交差するまち釜石。自身だけでなく、家族の避難を促して多くの命を救ったのも子どもたちでした。
釜石の防災教育とは何だったのか。小中学校一緒に行った避難訓練は、防災学習とは、防災ボランティースト活動とは・・・。
被災して大きな傷を負った市街地と鵜住居町の街並みを追いながら、復興ガイドも併せて行います。
③三陸ジオパークガイド
三陸の大地は、およそ5億年前まで遡る長い歴史のうえに形成され、そのほとんどが海の底でできたもので、化石として見つかるサンゴやアンモナイト、ウミユリがそのことを物語ります。また、幾度となく巨大津波の襲来を受けた地域でもあり、私たちはこれら地球活動の歴史と先人たちの経験を伝えていく使命があります。
このため、釜石観光ガイド会のジオパーク認定ガイドが橋野鉄鉱山や釜石鉱山といったジオサイトのほか、地球の営みが顕著に現われている栗林層(千丈ケ滝)や千畳敷(御箱崎)などのツアーガイドを行っています。
④釜石の津波伝承碑ガイド
三陸の歴史は津波と向き合ってきた歴史でもあり各地に津波記念碑が遺され、釜石にも明治、昭和、そして東日本大震災後のものも含めると80基ほどが確認され、形も記念碑、慰霊碑、供養碑、追弔塔、無縁塔、津波到達点、津波記憶石、記念の像、鐘など様々です。
釜石観光ガイド会では、半島の先々まで及ぶことからこれら全てを具にガイドすることはできませんが、比較的足を運びやすい唐丹、石応禅寺、両石、うのすまいトモス、復興スタジアムなどとポイントを絞っていただいたうえでガイドさせていただきます。
⑤「平和」について考えよう
製鉄業の発展によって多様な文化が育まれ、ラグビーや野球に象徴されるようにスポーツが輝きを放ってきた一方、第2次世界大戦中には東北で唯一の工業都市であったことから2度にわたる米英艦隊からの艦砲射撃に見舞われ、約5,300発の砲弾により焦土と化し700名を超える死者を出した光と影が存在する釜石。加えて、幾度となく襲ってくる津波。
今、世界中で様々な紛争が繰り返される中、改めて薬師公園周辺の戦跡をはじめとする史跡を歩きながら平和について考えてみませんか。