産業

釜石市は、古くから「鉄と魚のまち」として歩んできました。

製鉄は今から160余年前、洋式高炉で日本で初めて鉄鉱石から鉄を作り出すのに成功し、明治の初めまで釜石地域には13基の高炉が建設され一大工業地帯でした。その後、大島高任の「小さく生んで大きく育てる」という堅実な考え方を受け継いだ実業家や、釜石出身の技術者たちが48回の失敗を経て連続出銑に成功するとともに、1894(明治27)年には、コークスを用いた操業に初めて成功します。1901(明治27)年に八幡(福岡県)に製鉄所が建設されますが、釜石の技師や熟練工が派遣され安定操業に貢献したと言われていて、その後幾多の試練や困難に遭いながらも、釜石は今日まで連綿と鉄づくりを続けています。

釜石駅前広場の大島高任像

釜石駅前広場の大島高任像


また、200海里問題に端を発する海洋新秩序時代の到来と近年の気候変動などに伴う漁業不振に見舞われているものの、「世界三大漁場」を控え釜石は古来より漁業が盛んでした。そのため、様々な水産加工会社をはじめ、国内有数のマグロ漁船団なども立地しており、個性と特徴に溢れた各種加工品などの生産と市場での流通がなされています。